私は中学3年生まで野球漬けの人生を送っていました。当時の夢はもちろんプロ野球選手です。しかし、ある時期を境にこの夢を投げ出し別の人生を歩み出しました。

それは一体なぜだったのでしょうか?今回は野球を始めてから辞めるまでのストーリーを共有するとともに、そこで得た大切なことをお伝えできればと思います。

父親の夢を継承する

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高校球児だった父親のもとに生まれた私は、息子をなんとかしてプロ野球選手にさせたいという父の熱い思いを、小さな頃から子守唄代わりに聞いて育ちました。

「佑樹!野球はいいぞ!」
「佑樹!野球をやったほうがいい!」
「佑樹!野球やれ!やらんかい!」

最後は半ば強制的でしたが、父親の熱い言葉に感化され、小学校3年生から地元の強豪野球チームに入りました。私の野球チームは、部活ではなく、ボーイズリーグというリーグに加盟しているチームでした。

練習の日々が続く……

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入部してから引退するまで、土日は野球の練習・試合でした。チームに加入した当初は小学校3年生だったため、ボール拾いなどの雑用がメイン。また上級生の試合時は、応援担当でした。

「かっとばせー!かっとばせー!」

声が枯れるまで応援したり、時には理不尽なことで怒られたりもしました。「うざ!」と思うことも多々ありましたが、我慢する・うまく立ち振る舞うということをその時に取得できたと思います。

小学校を卒業するタイミングで、野球をやめるメンバーもいましたが、私は中学生になっても続けました。小学校の卒業文集では「プロ野球選手になりたい」と書いていました。父親の思いもしっかり引き継いだようです。

余談ですが、幼稚園の時は「本屋さんになりたい」と書いていました。なぜなのかは全く見当がつきません。母親に聞いても、「本なんか一切読んでなかったで」とのことです。本への憧れから、本屋になりたかったんでしょうか。

キャプテンを務める

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ボーイズリーグは小学生の部と中学生の部に分かれています。実は私、小学生の部でも中学生の部でもキャプテンを務めていました。キャプテンになるのが全然嫌ではなく、むしろ嬉しかったことを覚えています。

おそらくこの頃からリーダーという、人の上に立つということが好きだったのでしょう。チームのほうは、関西地区でも良い成績を残せ、中学3年生の夏までには、私を含めて、同期メンバーの8割程度が、高校推薦で高校進学を決めていました。もちろん私も野球で進学をしようと決めていました。

「佑樹!野球しろ!やらんかい!」から約7年。

息子は、父親の言葉をしっかり受け継いで、高校球児になることを決意したのです。
家族も喜んでいたと思います。

中学3年の文化祭で事件が起こる

中学3年の文化祭で事件が起こる
ボーイズリーグは原則中学3年生の夏で引退です。そこから高校進学までは、試合などはありません。引退したのですから、土日の使い方は自由です。もちろん土日は練習をしていましたが、たまには遊びたくなります。それが子供というものです。そして、時間が経つごとに、小学校3年生から坊主ヘアーの私の髪も伸び始めます。

「おー!髪伸びてきた!」
感動しました。

そして、まだまだ十分に髪の毛が伸びていないのに、憧れから、美容院に行ったりもしました。

「格好良くしてください!髪の毛ツンツンにしたいんです!ワックス使いたいです。」
「切るとこないよ!切ったらまた坊主やで」

こんなことを美容師に言われたことも覚えています。

そして10月になり、学校は文化祭シーズンとなります。文化祭の出し物で、クラスメイトが、ギターの弾き語りをすることになりました。私は音楽に一切興味はなかったので、「ギターか。うぜぇーな。」と思っていたのですが、そのクラスメイトの弾き語りを見て、「やばい!これは格好いい!」と思うようになりました。食わず嫌いはよくありません。そして、

中西「ギター教えてよ」
クラスメイト「いいよ」

これが全ての始まりでした。そしてこのクラスメイトと一緒に、当時流行していた「ゆず」の弾き語りを地元の市役所で毎晩練習するようになったのです。そして、一番感動したのが、女の子が練習を見に来ることです。

「今度この曲歌って!」
「次はこれ!!」

野球少年時代にはあまり経験できなかった黄色い声が、身にしみます。実は当時、野球人気も下降気味でサッカーが人気沸騰していた時期でした。

「格好良い人は、サッカーをする。野球はダサい。坊主のスポーツだ」というレッテルをはられていたので、サッカーへの恨みは人一倍ありました。しかし、音楽をすることで、すべてを手にいれることができたのです。

「絶対野球よりおもろいやん」単純にそう思いました。

このタイミングで、そのクラスメイトが「野球やめて一緒に音楽やろうや」とアプローチしてくれました。結果、推薦で入学が決まっていた高校をお断りし、普通の高校に行き、音楽をすることを決意しました。※親から怒られたのか?推薦先の高校から怒られたのか?は想像にお任せします。

チャンスだと思ったら、一歩踏み出す大切さ

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やりたい!と思った時にすぐに反応できるか?これはものすごく大事です。「チャンスの神様は、後ろ髪はない。前髪しかないのだ」とはよく言いますが、そのタイミングですぐに行動に移せるかが人生を大きく変えます。一歩踏み出す勇気をぜひ持ってください。ネタみたいな記事になりましたが、以下がこの経験で得たことです。

  1. 野球をして、立ち振る舞いや我慢をすることを覚えた
  2. 思い立ったら行動することが、今後の人生を大きく左右する

私はその後の人生でも思い切った行動をしています。関連しているストーリーはこちらです。

以上です。

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